あなたと過ごした時間が、あなたの近くにいることが出来ない今の私を支えてくれる。
そんなこと、あなたはきっと思いも寄らないでしょうけど。
 
 
 
いつも傍に、きみ
 
 
 
『遠距離恋愛って大変よね、会いたいときに会えないし、不安になっちゃう。
 デートも出来ないし。そうじゃない?』
彼氏がいるけど、遠距離だというと、大概の人からはこんなことを言われることが多い。
休日の昼間、街に買い物に出ていた桜乃は、道行く男女の二人連れを見ながら、
そんなことを思い出した。
近くにいたとしても会えない時もあるし、近くにいるからといって、
頻繁にデートできるわけではないよね、と言い聞かせるように桜乃はゆっくりと歩き、
ショウウィンドウを眺めた。
彼が近くにいたときも、休日はほぼ毎回部活に費やされ、身体を休めることが出来る、
偶の休みに自分につき合わせるのも気が引けてしまい、学校では毎日会っているんだからと、
休みの日まで会いたいなんて我侭言ったら迷惑なんじゃないかと思い、
言葉を飲み込んだことも沢山あった。
けれど、二人で、大勢で彼と出かけた時の事は、出会ってもう何年も経つ今でも、
不思議なことに鮮明に思い出すことが出来る。
デートができる時間が少なかったからこそ、彼との時間がより一層、貴重で大切に思えるのだろう。
ふと、反対側からやってきたカップルが、仲睦まじい様子でショウウィンドウを覗き込み、
桜乃の視線はウィンドウ越しの綺麗な洋服ではなく、彼女達に視線が流れた。
『やっぱり、別の日にすればよかったかなぁ』
親友の朋香とショッピングに行くことも多いのだが、買い物に行こうと桜乃が思い立ったのが
急だったため、予定の入っていた朋香とは一緒に来られなかったのだ。
予定は別の日にずらせばいいと言った彼女の言葉に首を振ったのは桜乃自身だが、
一人で歩く街中は、人が溢れている分、余計に人から取り残されたようになるのは何故だろう?
小声でじゃれあうようにする見知らぬ二人の様子が羨ましくないとは言わないけれど、
彼女と話す男性は、桜乃の望む人ではない。
日本を飛び出していった恋人、越前リョーマでは。
ただ、見知らぬ二人連れの男女は、彼がまだ日本にいたとき、
ほんの一年前のことを否応無く桜乃に思い起こさせるには十分だった。
何の気なしにウィンドウショッピングをしたり、桜乃が洋服を気に入ったそぶりを見せれば、
『気になるなら着てみれば?』と、女の子だらけの店内は苦手なはずなのに、
一見すればぶっきらぼうな声で背中を押してくれた。
勿論、朋香と一緒のときとは違い、あれこれと服を身体に当てながら、
店に長居をするわけではなかったけれど。
逆に、スポーツ洋品店では、桜乃が少し暇を持て余して、彼の横顔を眺めてしまうくらい
商品を吟味しているリョーマに付き合うこともあった。
ファーストフード店や、カフェに入れば、食べるのが人に比べて遅い自分よりも
早く食べ終えてしまった彼が、苦笑しながら話しかけてきて、
その都度、相槌を打ったり返事をするせいで、目の前の食べ物が全然減る様子がなかったこと。
おしゃべりなイメージの無いリョーマが、面白がって話しかけてくるせいで、
桜乃は止まらないお喋りに興じることによって、冷めかけた料理を口にする羽目になったのだが。
かといって文句を言えば、口を閉じたかと思うと、ジッと食べている様子を観察するかのように
見つめられ、手が震え、余計に笑われたのだ。
見ないでといえば、『自分の彼女見ちゃダメなの?』とシレっと返され、
店内で顔が赤く染まってしまった。
人ごみを歩けば、よく人にぶつかる自分に『迷子防止にはコレが一番でショ?』と
手を伸ばして繋いだのも、リョーマを思えばスルスルと頭によぎる。
これ以外のこと、季節をめぐる、様々な思い出の風景は、桜乃を優しく受け止めてくれる。
今、自分が通う大学の中等部や高等部からの帰り道、よく行ったお店や
練習に付き合ってもらったストリートテニス場や、彼の家のテニスコート。
街のあちこちには、彼との思い出が溢れている。
自分の部屋の雑誌のデートスポット特集の目ぼしい項目に、心ひそかに折り目をつけ、
友達との話で聞いた楽しそうなところも、覚えておく。
友達と出かけたときのことの話も、学校のことも、そして、バイト先であった出来事も、
次に会ったときに聞いて欲しい。
そして、私がそんなことをしている間に、彼が見たもの聞いたものの話を沢山聞きたい。
話し上手な彼ではないけれど、自分の知らない世界を見ている彼のことを
知りたいと思うのは今も昔も変わらないのだ。
 
 
自宅に帰った桜乃は、夕飯を食べた後、本日の戦利品を再度アレコレ吟味した。
冬物のファーのついた白いコートはバーゲンでゲットしたけど、かなり着回しが効きそうだ。
この間、朋香と出かけたときに買ったスカートと合わせると可愛いかもしれない。
そんなことを思っていると、机に置いた携帯電話が音を立てた。
「もしもし、リョーマくん?」
『桜乃?』
通話口から流れてくる低音の声は、リョーマのもの。
出会ったときから比べると、随分低くなったような気がする。
「リョーマくん、練習お疲れ様」
『うん、相変わらずテニス漬けだけど、怪我もしてないよ。
桜乃は?今日は何してた?』
短いけれど、元気そうな口ぶりに、桜乃は安心する。
「今日はね、買い物に行ったんだ」
『小坂田と?』
「ううん、朋ちゃんは、用事があったから一人でだよ?」
『アンタ、転んだり、迷ったりしてないよね?』
相変わらず、心配性なリョーマは、からかう口ぶりの中にも心配をにじませてくる。
桜乃は、安心させるように、ちょっと強がる。
「ひ、ひどいよぅ、リョーマくん。
ほら、リョーマくんも知ってる駅前のところだから大丈夫ですっ」
『どーだか』
「バーゲン行ってきたよ。コート買っちゃった」
『フーン?どんなの?』
「白くて、ファーが付いてるの」
珍しく、服について聞いてくるリョーマに、桜乃は首を傾げるが、
興味を持ってもらえたのならいいことだと簡単に自分を納得させた。
『じゃあさ、今度日本に帰ったときに、それ着てきてデートしよ』
「で、でーと!?」
『桜乃、いまさらそんなことで慌てないでくれる?行きたいところ、考えといて』
電話越しでも分かる、笑いの滲んだ声に、桜乃は携帯電話を握りながらあたふたしてしまう。
彼が帰ってきたら、デート
心の奥に、その言葉が染みこみ、桜乃は顔が赤くなるのを自覚した。
彼の言葉だけで、赤くなるのに、久しぶりに彼を目の前にしたら嬉しくて緊張してドキドキしてしまう。
毎日会えないのは寂しいけれど、毎日彼に会っていたら、幸せすぎて心臓が持たないかもしれない。
彼がまだ日本にいたときは、よく倒れなかったと桜乃は自分を褒めたくなった。
『約束、忘れないでよね』
「わっ、忘れないよっ。楽しみにしてるね、リョーマくん」
『俺も、かなり楽しみだから。それじゃ、おやすみ、桜乃』
「おやすみなさい、リョーマくん」
電話を切った後も、顔の赤みは引かない。
桜乃は近くにあった雑誌を引き抜いた。
行きたいところは沢山ある。何処へ行こうかな?
リョーマくん、何処に行きたいかな?
どうしようかな?
考えることは突然振って沸いた。
彼が帰ってくるまでに、いくつかピックアップしておかないと。
遠くない彼の帰国する日を待ちながら、桜乃の胸は、彼によって今日も高まる。
 
 
 
遠距離恋愛も、結構いいものだよ?
桜乃はそっと呟いた。


2010.2.7 up 




リクエストをいただいてから随分と時間が経ってしまいましたが、
りこさん、17000hitを踏んでいただき、ありがとうございました。
そして、いつも私の拙い話を読んでいただき、ありがとうございます。
『19歳のリョ桜。切ないけど、最後はハッピーエンド』のご指定に添えているでしょうか?
前半の桜乃ちゃんの思い出部分を書いていて、
『なんだかそういうつもりじゃないのに、二人が別れたか、死ネタのようだなぁ』と
密かに思ってしまいました。
最後は、何とか甘くハッピーエンドになっている、と思っています。
こんなものでよろしければ、りこさん、どうぞお納めください。

そして、日頃から当サイトに目を通していただいている皆々様も、ありがとうございます。
毎日カウンターが回り続けることを、この場をお借りして、お礼を申し上げます(ペコリ)
そして、これからもよろしくお願いいたします。

春日 秋


こちらの小説は、リクエストしていただいたりこ様のみ、
DLフリーととさせていただきます。ご了承くださいませ。